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東京家庭裁判所 昭和42年(家)7659号 審判 1968年11月07日

申立人 天野修二(仮名)

相手方 高木友子(仮名)

参加人 林松子(仮名) 外二名

主文

相手方高木友子は、申立人に対し、

(一)、金九万九、八四〇円を昭和四三年一一月末日限り、

(二)、昭和四三年一二月以降一か月金五、二〇〇円づつを毎月末日限り、それぞれ申立人住所に送金して支払うこと。

理由

一、本件申立ての要旨

本件申立ての要旨は、「申立人は、明治三三年三月七日生の老齢で、かねてより健康に恵まれず、月々一万円を上まわる医療費の支出を要する状況にあるが、無職・無収入のため、毎日の生活に困つている。これに反し、相手方は、申立人の長女であるところ、相手方の夫は、ガソリン・スタンドを経営して盛業中であり、高額の収入を得、相手方一家は経済的に余裕のある生活状態にある。よつて、相手方に対し、相当額の金銭扶養を求める。」というにある。

二、本件紛争の背景

当裁判所が取り調べた結果を総合すると、本件扶養事件の背景をなす事実関係は、おおむね次のようなものであることが認められる。

(一)、申立人(明治三三年三月七日生)は、大正一五年六月小池ミツと婚姻、同女との間に、長女相手方高木友子(大正一五年一一月一六日生)、二女参加人林松子(昭和五年四月二七日生)、三女参加人三木勝子(昭和一二年五月一一日生)、四女参加人大池澄子(昭和一五年二月七日生)がある。

(二)、申立人は、かつてかなりの不動産等を有し、工場経営等にも関係、経済的に相当裕福な身にあり、昭和二一年六月には、長女相手方友子の夫として高木照夫を婿養子に迎え、昭和三〇年ごろには、右高木照夫のため建設・開業資金等を出してガソリン・スタンドを設けてやつたりした。

(三)、しかし、一方、申立人は、昭和二五年ごろから宮本富子と深い仲となり、昭和二七年四月二七日には同女との間に婚外子良子が生まれた。このようなことが次第に明かるみとなるに及んで、申立人と前記ミツとの夫婦仲は徐々に不和の度を強め、ついに、ミツからの申立てに基づき、昭和三三年三月七日当庁において申立人とミツとの調停離婚が成立した。

(四)、その結果、相手方らも母ミツに同情を寄せるとともに、申立人に対し深刻な対立的感情をいだくようになり、昭和三三年四月一〇日には、申立人と前記照夫とが協議離縁し、相手方は翌五月二六日右照夫の実父母の養女となる縁組届をなし、申立人と相手方らの父子関係はその溝を深めた。なお、相手方らの話合いにより、離婚後の母ミツの生活については、四女美子がその身辺の世話にあたるとともに、相手方が金銭的扶養に任ずることとなつた。

(五)、その後、申立人は、前記のように相手方の夫照夫のためガソリン・スタンドの開業・建設資金等を出してやつたところから、その出資金の一部返還などを求め、当庁に調停を申し立てたすえ、当庁昭和三五年(家イ)第三八二九号離縁後の紛争調停事件として係属(相手方は、有限会社天野商店(代表取締役高木照夫))、利害関係人として、小池ミツ、高木友子、高木照夫が参加している。)、同年一二月一〇日「一、有限会社天野商店は申立人に対し示談金として金六一万円を支払う。二、申立人は右会社及び前記利害関係人らに対し、今後名義のいかんを問わず何らの請求をしない。」旨の調停が成立した。

(六)、他方、申立人は、昭和三三年八月ごろ、かねてより関係のあつた前記富子(昭和三年一月一二日生)のため、肩書住所地に約一二〇万円程度の建築資金を出して、木造瓦葺二階建店舗兼居宅(延面積約五七・一九平方メートル)を建築(所有者は富子名義)、同所において、申立人・富子・良子の三名で生活すると同時に、右富子は、同建物の店舗部分を利用して洋裁材料小売商を始めた。そして、申立人と右富子とは、昭和三五年八月二日正式の婚姻届を終えた(同日、前記良子を認知)。しかし、そのころから、申立人は次第に病体となり、医師の診察をうけた結果高血圧性心不全と診断され、以後、都内の病院に通院治療をうけるかたわら、医師の指示などに基づき市販薬を購入服用して今日に及んでいる。

(七)、ところで、申立人は病弱で次第に生活に困つていたため、昭和四一年四月相手方から金一〇万円を借り受けたが、その後の借入れ申出に応じてもらえなかつたところから、申立人は、相手方夫婦の態度に憤慨し、本件扶養調停の申立てに出たものである。また、申立人は、相手方が母ミツに対し毎月約三万円の仕送りをしているにもかかわらず、父である申立人に対する金銭的援助に冷淡であるとの印象をもち、これに不満をおぼえている。

三、申立人の生活状況

(一)、申立人は、前説示のように、病弱・老齢のため、自らはまつたく無職・無収入であり、もつぱら妻富子の営業収益と他からの借財で生活をささえているが、当裁判所の調査によれば、右富子の営業による純利益は月間平均約二万円であり、なお、前記富子名義の家屋の借地権付時価は約四〇〇万円前後であることが認められる。

(二)、ある特定の個人ないし世帯の生活程度や最低生活費を客観的に掌握するには、財団法人労働科学研究所が厚生省の委託をうけて実施した実態調査に基づいて算出した「総合消費単位」(都市におけるもの)及び消費単位一〇〇あたりの最低生活費を基礎にし、年度ごとの消費者物価指数の変動に伴う修正を加える方式(以下「労研方式」という。)を参考とするのが最も公正かつ合理的であると考えられる(別表参照)。

そうすると、昭和四二年度の東京都における消費単位一〇〇あたりの最低生活費は、一万二、八〇〇円となるところ、申立人は現在六八歳の男性であるから、その消費単位は九五に相当するので、申立人自身の最低生活費は、

12,800円×(95/100) = 12,200円(100円未満切上以下同じ)

となる。一方、申立人自身の生活程度は、前示のごとく、妻富子の営業による月間平均手取収入額が約二万円であるから、

20,000円×(本人(95)/本人(95)+妻(90)+長女(80)= 275 ) = 7,000円

となり、これによつてみれば、健康で文化的な最低限度の生活を維持することが困難な状態にあることが認められる。

四、相手方らの生活状況

(一)、相手方高木友子世帯の生活状況

関係各証拠によれば、相手方友子は、現在四一歳で結婚しており、肩書住所地において、夫照夫(現在四五歳)、養母(夫の母)高木マツ、長男(現在二一歳、早稲田大学在学中)、二男(現在一九歳、日本大学在学中)の四名と同居し、相手方自身は無職・無収入であるが、夫は有限会社天野商店の代表取締役としてガソリン・スタンドを経営し、同会社から支給をうける報酬のほか、夫名義の不動産の賃貸収入があり、これらを合算した全手取収入のうち毎月約三万円を前記のようにミツのため仕送りしており、相手方友子世帯の生活のために充当しうる平均一か月の手取収入は約一三万円前後であることが認められる。

(二)、参加人林松子世帯の生活状況

関係各証拠によれば、参加人松子は、現在三八歳で、結婚しており、肩書住所地において、農林省技官をつとめる夫(現在四四歳)と長女(小学五年生)の両名と同居しているが、夫は、平均手取月収約五万円を得ていることが認められる。

(三)、参加人三木勝子世帯の生活状況

関係各証拠によれば、参加人勝子は、現在三一歳で、結婚しており、肩書住所地において、会社員の夫(現在三四歳)と長女(小学一年生)の両名と同居しているが、夫の平均手取月収は約四万円程度で、生計に苦しいため、参加人自身も働きに出ていた状況にあることが認められる。

(四)、参加人大池澄子世帯の生活状況

関係各証拠によれば、参加人澄子は、現在二八歳、結婚しており、肩書住所地において、都内○○○百貨店の売場主任をしている夫(現在二九歳)、長女(現在四歳)、長男(二歳)及び前記小池ミツ(現在六二歳)の四名と同居しているが、夫の平均手取月収は約六万円前後であることが認められる。

五、当裁判所の判断

右認定の事実によれば、申立人は、現に無職・無収入の身であり、かつ、その年齢及び健康状態からみて、自ら稼働収入のみちを得ることを期待するのが不可能の状況にあるうえ、申立人の妻による営業収益が現状を上まわる時期が訪ずれる見込みもきわめて薄く、したがつて、申立人に対して生活保持の義務を負う妻富子の協力をもつてしても、申立人自身が親族的扶養を必要とする生活状態にあることは否定できない。

してみると、相手方友子及び参加人らは、申立人の直系卑属として、いずれも抽象的扶養義務を負うものであるところ、具体的扶養義務の存否について考察するに、およそ、老齢の親に対する成熟子たる子の具体的扶養義務は、子である扶養義務者が従来の社会的地位に応じた文化的生活をしたうえで、なお、経済的な余裕がある場合に、負担すべきものと解すべく、相手方及び参加人らの生活にこのような意味での経済的余裕があるときには、申立人の扶養を命ずることが可能となるわけである。そこで、相手方及び参加人らの各世帯について、前記労研方式を適用して、各家族の総消費単位あたりの最低生活費を算出し、これと、各家族における夫の収入とを比較してみると、相手方友子世帯の生活程度が最も恵まれていること、その余の各参加人の世帯の生活程度は相手方友子世帯のそれとひきかえ、数段の格差のあることが明らかである。もつとも、相手方友子の場合とても、自らは、主婦として家事労働にたずさわり、夫の収入のうち、自由な使用を認められている範囲内でのみ具体的権利を有するに過ぎないのであるから、相手方友子世帯全体の経済的余裕の程度をもつて直ちに相手方友子自身の経済的余裕の程度を測定する資料とすることはできない。しかし、この点を考慮に容れても、相手方友子に扶養能力の存することは否みがたいところと考えられる。

しかして、相手方友子がどの程度の扶養料(ちなみに、医療費もまた扶養料としての性格をもつことは法的に当然である。)を負担すべきかは、申立人の必要度と相手方の負担能力に加え、先に、「本件紛争の背景」と題する部分で説示した事情のほか、審判移行前の本件調停の経過ないし当事者双方の意向、申立人の妻富子の意向など一切の事情を勘案したうえこれを定むべきものと考えられる(なお、先に成立した前示当庁昭和三五年(家イ)第三八二九号離縁後の紛争調停事件の調停条項中、申立人は、相手方友子に対し、名義のいかんを問わず何らの請求をしない旨の条項が存するけれども、扶養料請求権は、これを、事前に放棄することの許容されないものであるから、後日なされる扶養請求の成否に直接の影響を及ぼさないことはいうまでもないが、「一切の事情」のひとつとして斟酌することまでをもまつたく排斥すべきものではないと解する。また、相手方友子が、現に、母ミツに対し、自由な道義的感情に基づき、任意な意思のもとに、一定の金銭扶養を行なつていることと、申立人に対する金銭扶養を法的に義務づけるのとは、おのずから別個の次元に属し、ことさら、その間の公平を問うべき筋合いではない。さらに、申立人と先妻ミツとの離婚に際し、申立人が同女に一定の財産譲渡をなしている事実についても、それは、両者間の離婚に伴う財産的給付ないし夫婦財産関係の清算たる意味をもつものでしか過ぎず、本件において、

(別表)

◎労働科学研究所の「総合消費単位(都市)」

性別

労働の種別

60歳未満

60歳以上

既婚男子

軽作業以下

中等作業

重作業

激作業

100

105

115

120

95

100

110

115

既婚女子

主婦

軽作業

中等作業

重作業

80

90

95

100

65

80

85

90

就労しない未婚女子

90

生活の中心者でない未婚男子女

115

但し重作業以上は既婚者のもの

学齡・年齡別

大学生

高校生

中学生

105

95

85

100

90

80

小学4~6年

〃1~3年

4~6歳

1~3歳

0歳

60

55

45

40

30

但し、軽作業とは必要摂取熱量(男子)2,600カロリー

◎労働科学研究所の東京都における調査(昭和27年8~10月)結果による最低生存水準・最低生活水準

消費単位100につき

最低生存費

最低生活費

4,000円

7,000円

◎消費者物価指数(東京)の変動に伴う上記水準の換算値

昭和40年度平均への換算値

(消費単位100につき)

最低生存費

最低生活費

6,662円

11,661円

同上修正値(100円未満切上)

6,700円

11,700円

昭和42年度平均への換算値

(同上)

7,400円

12,800円

これをとくに考慮するのは相当でない。)。

右に述べた諸点を総合的に考察すると、相手方友子が申立人に対して負担すべき扶養料の金額は一か月金五、二〇〇円と定めるのを相当と認める。

よつて、本件審判移行前の第一回調停期日が開かれたのは昭和四二年四月二四日であり、その際に、申立人の相手方に対する扶養請求の意思表示が相手方に到達したことは明らかであるから、それ以後の分につき、審判により、相手方の申立人に対する扶養料の支払いを命ずべきところ、すでに期間を経過した分(昭和四二年四月二四日以降本審判確定の見込まれる月の昭和四三年一一月末日までの分)金九万九、八四〇円については昭和四三年一一月末日限り、昭和四三年一二月以降については一か月金五、二〇〇円づつを毎月末日限り、それぞれ申立人住所に送金して支払うべきものとする。

そこで、本件申立ては右の限度において認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 角谷三千夫)

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